著名者インタビュー | |
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| 2003/5-6 |
ユビキタス・ネットワーク時代と製造業
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株式会社野村総合研究所 上級コンサルタント 中島 久雄氏 |
1988年京都大学工学研究科精密工学修士課程修了。2000年UCバークレー経営学修士修了後、野村総合研究所に入社。現在、情報・通信コンサルティング部にて主に通信事業者向け事業開発・マーケティング戦略の策定などに従事。著者に『価格戦略』(ダイヤモンド社)など。 |
ユビキタス・ネットワーク時代と製造業 |
インターネットやコンピューターを通して、いつでも、どこでも、誰とでも情報のやりとりができるというユビキタス・ネットワーク社会。かつては夢物語でしたが、ブロードバンド接続やモバイル通信の浸透・低価格化により、もはや手の届く範囲に近づいてきています。 ホテルや喫茶店など、無線LAN利用によるネット接続可能な場所が広がってきているのもユビキタス・ネットワークの一例。今や成田空港と都心を結ぶ特急電車「成田エクスプレス」の車上でも無線LANを用いた高速ネットへの接続が可能となりました。 このようにユビキタス・ネットワーク時代に向けたインフラ整備は加速しており、その到来はわれわれの生活を一変させるインパクトを持っているといってもいいでしょう。むろん産業界への影響も大きく、構造変革を促していくのは確実です。製造業も例外ではありません。むしろ、この環境変化に前向きに対応し、企業再生の足がかりにしていくことこそが何よりも求められているといえるでしょう。 そこで今回はユビキタス・ネットワーク化によってもたらされる変化とは何か、製造業としてその変化にどのように呼応していけばいいのか、事例を交えながら考察していくこととします。
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映像を利用した形態知も容易に伝達・蓄積 |
時間や場所の制約を超えて情報を活用し、豊かな社会を実現していくユビキタス・ネットワーク。象徴的な技術として取り上げられるのはブロードバンド、モバイル・無線、常時接続、IPv6(インターネットプロトコル・バージョン6)、バリアフリー・インターフェース(キーボードだけに頼らず、誰もが使えるような環境)です。しかしここで個別の技術を論じてもあまり意味がありません。肝心なポイントはこの技術の集合体によってもたらされるユビキタス・ネットワークの本質的な変化は何かということでしょう。製造業の皆さんにとっても最も関心のあるところに違いありません。それは次の3点に集約されます。 まず第一に挙げられるのがセンシング・トラッキング(監視・位置追跡)能力の拡大です。多彩なセンサーの活用により、人の周囲状況の感知やモノの追跡が安価にできるということでしょう。すでに実現可能なものとして、企業の流通在庫管理への応用によるコスト削減、あるいは物流における各荷物の現在地点の追跡による顧客サービスの向上などがあるのはご存知のとおりです。 さらにここで重要なのは製品・部品をネットワーク化することで、単に製品を売るだけでなく、販売した後の製品をセンシングに利用して、サービスやメンテナンスを提供する仕組みを構築することができるということです。特に製造業では、このセンシング機能をユビキタス・ネットワーク時代の先進的なビジネスモデル開発に活用していくことは必須となるでしょう。 第二点は感性やコツに近い領域の知の交換・共有が容易に実現できるということです。従来はテキストベースの情報交換が主流であったため、感性に近い部分はうまく伝えられないケースが多く見受けられました。企業内におけるナレッジマネジメントにしても暗黙知(あ・うんの呼吸や、師匠・弟子の関係で知られた知)を形式知(文章などに明文化された知)に置き換えることに難渋し、知識の共有化がなかなか進んでいないのが実状のようです。 しかし、ユビキタス・ネットワークでは映像など大容量のコンテンツが伝送・蓄積可能となることから、より感性に近い分野の知識・知恵(形態知)も伝達・共有ができるようになります。したがって遠隔教育や遠隔医療などの分野で高度なコミュニケーションが容易になるほか、モノづくりの世界ではこれまでは難しかった技術伝承などのシステムが整備しやすくなったともいえるでしょう。
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コミュニティーパワーが増大 |
第三の本質的な変化としてとらえられるのがコミュニティーパワーの増大です。ユビキタス・ネットワークは誰でもどこでもネットワークに参加でき、簡単にコミュニケーションができるという特性から、リアルの場を超えたコミュニティーの形成を促し、その結びつきを強めながら生活者やコミュニティーの力を増大していくことが考えられるのです。 インターネットのメリットとして双方向性が指摘されてきましたが、これまではどちらかというと企業サイドによるワン・ツー・ワンマーケティングへの応用が主体。 つまり企業と個人の1対1のコミュニケーションにすぎなかったわけで、しかも主導権は企業が握っているケースがほとんどでした。それが今後は企業対コミュニティーの構図が主流となるとともに、コミュニティー主導でビジネスが動いていくことも想定されるようになるのです。消費者の意見を集めて企業に新商品の開発を依頼するためのコミュニティー機能を提供するサイトが登場し始めているのがその好例といえるでしょう。 このコミュニティーパワーの増大というのは特に中小製造業にとっても重要なキーワードとなります。ネットワークを通じて力を結集することにより、一段と大きなパワーを生み出せることになるからです。インターネットについてはすでに多くの企業が情報交換の場として、あるいは協業化の基盤として活用しているようですが、その拡張版であるユビキタス・ネットワーク時代にはさらに一歩進んだ戦略的展開が必要だと考えられます。それについては最後のほうで触れることにしましょう。
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製造業はサービス業化する |
今度は三つの本質的な変化について企業はどう対応しているのか、具体的な萌芽事例を見ていくことにします。 センシング・トラッキング能力の拡大のケースでは小田急電鉄などで導入しているグーパスが挙げられます。これはオムロンが開発したシステムで、駅の自動改札をネットでつなぎ、定期券でそこを通過すると、携帯電話に最新のタウン情報などがメールで届くというもの。顧客履歴はもとより、改札を入ったのか出たのか、いまどこの駅にいるのかを判断してメールの内容も変える仕組みになっています。 この例が意味しているのは何かといえば、製造業のサービス業化です。オムロンは単に改札機を納めるだけでなく、改札機にネットワーク機能を搭載することで顧客管理サービスも手がけるようになったのです。そこにはサービスという付加価値を創造し、確実に収益力拡大を図っていこうとの狙いがあるわけで、ユビキタス社会だから実現できるようになったビジネスモデルともいえるでしょう。 形態知の交換・共有という点では携帯電話のボディーの金型づくりで世界トップシェアを誇るインクスの例が先進的といえます。10年以上かけないとマスターできないとされる職人の技を毎秒4万コマの撮影ができるカメラなどを駆使してデジタルベース化、設計から金型加工までの形態知を誰もが共有できるシステムとして体系化したからです。これにより、担当者同士のコミュニケーションも円滑になり、従来の工程も大幅に省力化、所要時間は45日から45時間へと画期的に短縮されたというから驚かされます。 コミュニティーパワーの増大に関する一例としてはテレビ東京でオンエアしていた麻布コネクションという番組が挙げられるでしょう。デザイナーやメーカーなどが自らの試作品をテレビを通じてプレゼンし、つくってもらいたい消費者が1000人集まればメーカーが製造販売する仕掛け。 消費者側からすれば製品化希望の場合には投票という形でコミュニティーに参加、好みの商品をつくってもらえる満足感が得られる一方、企業としても売れ残りリスクのない受注生産が可能となる利点があります。またその反応を見て一般に売り出し、ヒット商品につなげられるというのも企業側にとってこの上のない魅力となるものでしょう。
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プラットフォーム形成に活用 |
以上見てきたとおり、ユビキタス・ネットワーク時代の本質的変化は製造業にも抜本的な事業革新を促すものとなります。最も象徴的なのが製造業のサービス業化です。 実際にもこうした変革は起こってきています。代表的なケースが業務用エアコンで業界首位のダイキン工業でしょう。同社は過去4年でサービス売上げが1.5倍、営業利益は2.5倍もの規模に増加したからです。空調設備の販売台数の大幅増が見込めないなか、保守・省エネサービスを拡充していったのが功を奏したのです。なかでも納入した製品をネットワーク化して、監視業務やソフト配信などの遠隔サービスをパッケージ化、低コストで提供する仕組みを構築したことが収益改善につながったといえます。顧客情報を蓄積し、データベース化することで、追加サービスや新商品開発に活かすという善循環構造も築かれつつあるようです。 このように時代の変化を読み取り、ユビキタス・ネットワークを企業組織のなかにうまく取り込んでいけば、製造業も新たな成長へとつなげていくことが可能となります。中小製造業も然りです。ただ、この場合はコミュニティーパワーの増大が一つのキーワードになるでしょう。 すなわち、企業同士の横連携を加速させる道具として活用するということです。企業間の協業化をより発展させ、さまざまな技術やサービスを提供する一大企業プラットフォームを形成し、取引先に強くアピールできる存在になっていくためにこそ、ユビキタス・ネットワークを活用することが肝心といえるのです。 またセンシング機能を利用して、顧客情報をいち早く入手して、この時期にこの製品の受注が見込めると予測を立て、リピート品対応の受け皿づくりを推進するのにも有効な手立てとなるでしょう。映像を利用して「モノづくり」のノウハウを形態知化し、共有化していく手段としてもぜひユビキタス・ネットワークを役立てたいものです。 いずれにしましてもユビキタス・ネットワークの方向性を見据えながら、どう活用していくかを考え、いち早く行動していく企業にこそ、未来への扉が開かれるものと確信しています。
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