著名者インタビュー
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2005/3-4
製造技術の未来
〜モノづくりはどこまで進化するか〜


独立行政法人産業技術総合研究所
ものづくり先端技術研究センター長
森 和男氏

1951年栃木県生まれ。東北大学大学院工学研究科博士課程修了後、工業技術院(現産業技術総合研究所)に入所。2001年に独立行政法人に改組後、ものづくり先端技術研究センター副センター長に就任。2004年からセンター長に。専門は生産システムの知能化、モノづくり技能、バーチャルマニュファクチャリング、機械加工制御・モニタリングなど。工学博士。

 製造技術の未来
 〜モノづくりはどこまで進化するか〜

 ITの普及とともにわが国のモノづくり現場はデジタル化が進み、目覚ましい発展を遂げました。一方、経済のグローバル化も急速に進展し、日本の製造業は大きな岐路に立たされています。

 しかしながら100兆円規模といわれるモノづくりがわが国の基幹産業であることには変わりなく、未来市場としての発展の可能性も計り知れないものがあります。例えば1999年に「ものづくり基盤技術振興基本法」が施行し、経済的・社会的役割の重要性が国レベルで認識されたことも成長の可能性を示唆する一つの証しです。

 以来、毎年年次報告がなされるなど、確実にモノづくり強化への動きは進展しているのも心強いものがあります。こうした環境下で競争力を高めるための革新的な技術も次々と生み出されていくのは間違いないでしょう。現段階では夢のような技術であっても将来的には大きく飛躍するだろうというものも少なくありません。

 そこで今回はモノづくりはどこまで進化するのか、独立行政法人産業技術総合研究所ものづくり先端技術研究センターの森 和男センター長に製造技術の未来について語っていただくこととしました。

 一発で良品加工する理想のデジタル工場
 ここ10年のモノづくりの世界はITが多く貢献し、大きく様変わりしてきました。今後もITをベースに技術革新が進んでいくことは間違いなく、さまざまな技術の花を咲かせる一つの共通基盤という見方をしたほうがいいのかも知れません。

 製造業においてITがまず果たしてきた役割は、時間的・空間的拘束を超えて情報を受発信し共有できる機能を利用することが可能になったことでしょう。間接部門の省力化、効率化、省資源化を図るのに寄与したということです。これに比べて製造プロセスへの導入は間接部門ほどはまだ進んでいないように見えます。大企業を中心に、バーチャル試作などデジタルファクトリー技術の実用化は活発に取り組まれていますが、開発・製造時間の短縮が本格化するのはむしろこれからでしょう。

 ITが高度化していくなかで未来に実現可能な製造技術としては、バーチャルマニュファクチャリングシステムが真っ先に思い浮かびます。実際に起こるプロセスの現象とコンピューターでのシミュレーションがほとんど同じ状態になり、生産工程全体が見渡せるようになるのです。いまのデジタルモックアップ技術がさらに進化した形をイメージすれば間違いありません。

 例えば曲げのメカニズムがかなり深いところで解明されれば、スプリングバックに悩まされることなく一発良品を完成させることが可能になる。その過程では3次元イメージをもとに試作金型を迅速に作り込む省試作システムも普及していくでしょう。板金・プレス工場においても理想のデジタル加工が展開されることもあながち夢ではなくなってきました。

 技能伝承を解決するサポートシステムも
 より緊急性の高いテーマとしては技能伝承という課題があります。熟練技能者の不足が深刻化していく一方で、間近に2007年問題も迫ってきています。戦後日本の製造業を一貫して支えてきた団塊の世代が大挙して現場からいなくなるからです。

 そこで考えられているのが人間の判断過程や技能・ノウハウなどを明示化して他者の利用・学習を可能とするブレインサポートシステムです。技能者の暗黙知を共有できる形式知に置き換える仕組みであるナレッジマネジメントの発展形ととらえればいいでしょう。

 ただ人間の暗黙知と一口に言っても幅広く、完全に言葉に置き換えることができない嫌いがあるのも確かです。技能というのは身体で覚えた運動感覚的なものと、知識としての技術、改善発想力などが複雑にからみあって構成されているため単純に表現できるものではありません。理屈では分かっていても大リーグのイチローの打撃を誰も真似できないことに近いのです。

 人間は加工表面のざらつきを1ミクロン単位で感じ取ることができる鋭い手のひら感覚を持っているとされていますが、ただそれだけでは技能といえません。それを感じ取ったあとにどうアクションを起こして問題を解決したかが重要なのです。そうした複雑な人間の行動プロセスを知識として体系化できるかどうか。この難しい課題をクリアできればブレインサポートシステムも有用な仕組みとして開発・実用化されていくのは間違いありません。

 マイクロファクトリーで机上での生産を可能に
 未来技術のなかでもいま最も注目されているのは何と言ってもナノテクでしょう。マイクロ化・ナノ化を目指す加工組立技術は日本の得意とするプロセス技術がベースです。これをさらに極限化していくことで差別化を図り、製品の高付加価値化を実現、新産業創出の期待も抱かせてくれます。

 特にマイクロマシンは半導体微細加工技術との融合により応用研究、開発研究が急速に進み、自動車関連分野、情報・通信機器分野、医療・福祉分野などにおいて新製品開発のキーテクノロジーとして高い注目を集めています。

 現状でわずか数十ミクロンのマイクロマシンがさらに微細化していくことで将来的には人間の筋肉と同等の機能を持つ小型アクチュエータが開発される可能性も高いと思われます。さらにエネルギーの供給技術が進展することで生体や人工物内部の高度な検査・修復なども可能となり、産業分野への展開も有望視されています。

 こうしたマイクロマシンを組み合わせて超微細な製品の加工・組立などを机上の狭いスペースで行うマイクロファクトリーの研究もかなり進んでおり、本格的に実用化されるようになると、加工精度の革新的な向上はもとより、省資源、省エネルギー、省スペースという点でも絶大な効果がもたらされるのは明らかです。

 さらにマイクロファクトリーが進化していけば、机上ばかりではなく、自動車に搭載して移動中に加工したり、顧客先に持ち込んでその場で生産するようなモデルも登場してくるかも知れません。

 環境負荷をゼロにする究極の仕組みも実現へ
 未来技術として最も重要なものとして環境分野があります。製造業の多くは製造工程で莫大なエネルギーを消費し、また製品そのものの使用から廃棄までのライフサイクルを通じて環境に大きな負荷を与える場合も少なくありません。

 今後は環境と調和した循環型社会の形成に向けた優れた製造技術がますます求められているといえます。

 目指すべきはまず工場から廃棄物をゼロにするエコファクトリーの実現です。すでに多くのメーカーが取り組んでいますが、まだまだ改善の余地があります。二酸化炭素を回収したり、非化石エネルギーの利用を促進する技術、燃料電池やマイクロガスタービンなどのコジェネレーションシステムがより進展することにより実現の可能性を高めていくことになるものと予測されます。

 そうしたなかで環境版サプライチェーンともいえるゼロエミッション(排出物ゼロ)を具現化させる仕組みが構築されていくことも想定されるでしょう。これはサプライチェーンの「在庫」を「廃棄物」に置き換えて考えれば分かりやすいでしょう。例えば、産業Aからの廃棄物を処理して、産業Bの有価物に変換、産業Bはこれを原材料として製品をつくり、市場に出す。その後消費者から排出される都市ゴミを産業Aのエネルギーとして回収する。結果的に各々で環境への負荷をゼロにすることができるという究極の仕組みです。

 このようにわが国のモノづくりを革新していく製造技術は未来に満ちあふれています。中小製造業の皆様もチャンスがあれば、そうした夢のある技術開発にトライしてみてはどうでしょうか。