著名者インタビュー
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2005/5-6
モノづくりの確立が地球環境を救う
現場技術に精通した人材群が不可欠


産業技術総合研究所
吉川弘之(よしかわひろゆき)氏

1933年東京都生まれ。東京大学工学部精密工学科卒業、工学博士。三菱造船(株)、(株)科学研究所(現・理化学研究所)勤務後、東京大学工学部教授、総長を歴任。日本学術会議会長、総合科学技術会議議員、日本学術振興会会長、国際科学会議会長などを経て、2001年現職就任。現在、皇室典範有識者会議座長も務める。

 モノづくりの確立が地球環境を救う
 現場技術に精通した人材群が不可欠

  日本が、今後とも地球環境を考えながら経済発展を続けていくにはどうすればいいのか。重い問いかけの答えの一つが製造業の技術革新であり、技術革新を促すためには、製造現場と結びついた豊かな創造性を持つ技術者・技能者の育成が課題となる。そこで今回は、独立行政法人産業技術総合研究所の吉川弘之理事長に、アマダスクールの後藤保夫常務理事が「モノづくり」の展開と、モノづくりを支える「ヒトづくり」のあり方についてお聞きした。

 基礎研究から組立までをインテグレートできるヒトづくり
―― 最近は、産官学において「ヒトづくり」への気運が高まっています。

吉川 96年から5年単位で科学技術基本計画が進められています。基礎研究の充実を目的に1期は17兆円、2期には24兆円を予算投入し、2期の後半からは、重点課題を生命科学・バイオテクノロジー、ナノサイエンス、環境、情報通信の4つの分野に絞っています。しかし、最近になって注目を集めているのが、基礎研究を実際の産業に生かす“人材”の育成が必要ではないかという議論なのです。研究論文はたくさん出てきたけれども、それが産業にどのように役立っているかが見えてこない。基礎研究に予算を投入するだけではなく、それを産業界に生かさなければ意味がない。それを実現できる“人材”の育成が急務になったということなのです。07年から始まる3期は人材の育成すなわちヒトづくりがメインテーマになるといわれています。

―― その場合に、どのような人材が必要か、人材の要件がポイントになりますね。

吉川 最近話題になっているカーボンナノチューブに例をとると、不思議な結晶を持ったカーボンがすすの中に存在することを発見したのは日本の電子顕微鏡の専門家です。基礎実験をすると非常に面白い性質を持っている。それをうまく配列させ、ディスプレイ装置にするとモノづくりの世界が広がってくる。ここが大事なんですね。蓄積した基礎研究の分析にプラスしてモノづくりへとつながる流れを束ねることができる人材、これがこれからのヒトづくりの要件なのです。基礎研究から最後の組立まで連続してモノづくりを掌握できる、インテグレートした知識を使える能力を持つ人材群の育成が重要です。最近では単なる研究者ではなく、実際に産業界の現場で知識を使うヒトづくりが必要との考え方から専門職大学院ができ、技術をマネジメントするMOTなど新たな大きな流れも出てきました。

―― モノづくりに視点を定めた人材育成、ということでしょうか。

吉川 バイオ、ナノ、環境、情報通信という重点課題もモノづくりがないと花開かない。本当の科学・技術者はモノづくりがわかる人、というのが私の持論です。CADはCAD、材料は材料というようにこれまでの教育は縦割りになっていて、高度なノウハウ、多様な知識、広がりを持った知識を持った上で、知識と知識の関係知識をうまく使える人が育っていなかった。新しい技術や材料が出てきたときに、材料がわかる設計者、材料もCADも工具もわかり、多様な要求をこなせる製造技術者がいるということはモノづくりを成功させる大きなファクターになるのです。板金加工の現場ではそれらのことが普遍的に行われているわけですが、日本産業がもう一度世界に打って出ようという時に現場技術に改めて光を当てる必要があるのではないか。そこに光を当てることによって、基礎研究から製品組立までの連続性のなかで欠けていた隙間を埋めることができ、創造性のある競争力の高いモノづくりが構築できるのです。その意味で、26年間にわたってモノづくりに徹した人材教育を行ってきたアマダスクールは産業界の財産であり、モノづくり教育の先駆的な例として各界が広く認識する必要があるでしょう。

 テーマは熟練者の技術・技能を増幅するシステム
―― 産総研にはモノづくりセンターがある、とお聞きしています。

吉川 プロジェクトの一つとして熟練者の技術・技能に焦点を当て、それを情報化する作業を進めています。なかなか難しいのですが、二つの方向性がある。一つは熟練技能の一部を情報化して、未熟練者が利用すれば、従来は10年かかっていたものが1年で身につくのではないか。また、コンピューターに蓄えられた知識を利用すれば準熟練者が熟練者に近い仕事ができるのではないか、ということです。しかし、熟練者がいなくなり、準熟練者とコンピューターだけで技術が発展するかというと、まず駄目でしょう。技術・技能をコンピューターに置き換えるだけでは全体が平準化してピークがなくなり、危険です。全員を準熟練者にして普通の給料でいいよでは、その分野は発展しません。そこで熟練者がコンピューターシステムを使うことによって、今までの10倍仕事ができるようにする。これが二つ目です。熟練者が高給であっても従来の10倍の仕事をするのだから十分に成算がある。ぜひそういう世界をつくろうということなのです。では、熟練者が10倍仕事できるシステムとは何か、彼らの技術・技能を増幅するようなマンマシンシステムの開発を、産総研のテーマの一つにしています。

―― 熟練技術・技能の付加価値を真に引き出すシステムの構築ですね。

吉川 技術の分野でノーベル賞級のフロンティアを育てるのが狙いです。科学者は世界で何百万人といますが、ノーベル賞を受けるような人は年に数人です。そういう構造が科学にはあるために、フロンティア研究者がブレークスルーして後の人がついてくる形ができている。それが科学を進歩させている。技術の進歩もやはり同じような構造を持たないといけません。熟練者といっても、CAD/CAMを開発する数学者のような技術者、手で平面をつくる技能者など多岐に渡りますが、その技術を保ちながらコンピューターを活用し、全体の構想を考えていくと、ピークの人材も育ち、準熟練者も育つような人材育成システムの構築が可能になるのです。 

―― 熟練者自体の価値を高めることも重要です。

吉川 マイクロマシンなど新技術が進んでくると従来のシステムでは対応できない場合がでてきます。例えば、材料の性質が変わり、曲げの条件も異なったときなどに熟練者の長年のノウハウが生きてくる。しかし、熟練者のノウハウはなかなか特許にならない。ビジネス特許ができましたから、技術のノウハウ特許もそろそろ必要ですね。いいアイデアを出し、いい成果を上げた時など、コンピューター化して大元の収入が増えるシステムをつくるべきです。やはり収入というステータスを上げ、若者が魅力を感じて喜んで入ってくる職環境を構築しないといけません。収入のステータスと同時に、能力のある人を社会的に認める資格づくりも必要です。また価値を高めるシステムづくりも重要でしょう。先ほどもお話ししましたが、モノづくりの知識はコンピューターでかなり客観化できるようになったものの、さらに人間の知識を増幅するもの、あるいは相手に伝えるものとして位置づけ、もう一度熟練者の価値を高めるキャンペーンが必要だと思います。だいたい材料が持っている多様性をコンピューターで把握するなどということはできないのです。人間の直観でしか分からない部分が必ず残るのです。熟練者の存在価値が有する所以です。

 求められるのはモノづくり主体の科学進歩
―― これからのモノづくりの展開についてお聞かせください。

吉川 私の夢は、日本が再び高度成長を実現することにあります。失われた10年などといわれて停滞していてはつまらないではないか。トヨタはきちんと人材を育成し世界に冠たるトヨタになった。日本も人材育成を含めた技術戦略、産業戦略を持てば、日本が持つ高いポテンシャルと現場のたくさんの技術、日本人の特性を生かすことにより第二次高度成長の願いは十分にかないます。日本はエネルギー源は持っていないけれども世界に冠たる省エネ技術があり、太陽電池も世界一の位置にある。伝統的な戦略から脱却して、新たな戦略で組織を変え、産業構造も変え、工場も再編成し、そのなかで中小企業を中心としたモノづくりの力をだせば高度成長は可能なのです。ただしその成長は途上国の水準を上げることに役立つことが前提であり、環境問題に対応できる技術を創りだすことが重要な要件となります。

―― 産業構造、経済展開のなかでモノづくりが主体になるということですね。

吉川 その通りです。近代の科学は領域を決めて進歩してきました。だから教育システムも、それに合わせた縦割りが機能した。横断的な思想がないから、人間は本当に何をつくればいいかを考えずに必要なものをつくってきた。結果、地球規模の環境問題を起こしたのです。モノづくりが主体であれば、環境が悪くなってきたから環境にいいものをつくろうという抑止力が働くのです。モノづくりに従い科学が進歩すればよかった。地球環境を保つためにはどういう知識が必要かを探っていくのが科学の本来の姿ですが、それが逆転している。現在の縦割りのシステムを変えないと本当に地球はおかしくなります。それを変えるのがモノづくりなのです。モノづくりはつくった結果、何ができるかを検証することができる優位性を有しています。モノづくりは単に産業に必要というだけでなく、人間が自然に対して行動する大原則としても非常に重要なのです。教育システムを変え、一番優秀な人がモノづくりの世界に入る仕組みづくりが急務です。モノづくりが人間として一番尊いということを認識することが必要です。