著名者インタビュー
メニュー前ページ次ページ |

 2001/9
生産現場の安全対策を今一度見直そう


独立行政法人産業安全研究所
機械システム安全研究グループ研究員
清水 尚憲(しみず ひさのり)
独立行政法人産業安全研究所機械システム安全研究グループ研究員。労働安全コンサルタント(機械)

昭和37年生まれ。昭和59年千葉工業大学工学部精密機械工学科卒後、労働省(現厚生労働省)産業安全研究所機械研究部に所属し、産業機械の安全制御に関する研究に従事。
平成6年から13年3月まで同研究所付属施設である産業安全技術館にて学芸員として勤務。
13年4月より現職に。
 
 生産現場の安全対策を今一度見直そう

 わが国の労働災害は昭和47年の労働安全衛生法の施行以来、著しい下降曲線を描き、その改善度合いには目を見張らされるものがあります。しかしここ数年は横ばい状態が続いており、下げ止まり感は否めないのが事実です。中小製造業の生産現場も例外ではありません。こうした現状を打破するために厚生労働省では最近、「労働安全衛生マネジメントシステム(OHSMS=Occupational Health and Safety Management System)に関する指針」や「機械の包括的な安全基準に関する指針」などを相次いで公表、さらなる安全対策の徹底を呼びかけています。

 そこで今回は生産現場における事故災害防止の基本である5Sの大切さを再確認するとともに、新しい概念であるOHSMSの仕組みを紹介することで、安全管理に対する改善策を考えてみることにしました。

 

 基本に立ち返り、現場教育の徹底を

 産業界全体の動きと同じように、モノづくりの世界でも最近は事故件数の低落傾向にブレーキがかかっています。屋外作業とは違ってさすがに死亡災害は発生していませんが、ワークの運搬や加工作業中の挟まれ、巻き込まれ、切れ、擦れなどの事故は相変わらずで、昨今は年間2000件前後で推移しているようです。確かに安全衛生法に則っての安全対策や従業員教育の強化などにより、以前と比べれば、事故件数はだいぶ少なくなってきています。しかしこのところ、2000件という数字から一向に減る気配は見られず、足踏み状態が続いているのです。バブル崩壊後の労働時間の落ち込みを考慮に入れれば、逆に実状は悪化しているといえなくもありません。

 なぜ事故災害の減少に歯止めがかかっているのか、その背景を探ってみると、「現場が整理・整頓されておらず雑然としている」「安全装置や保護具を使わない」「危険区域に入る」「機械・工具の点検が不十分」などいくつかの要因が浮かび上がってきます。つまり、決められたルールを遵守しないがために起こる災害が圧倒的に多いのです。したがって災害を根絶やしにして理想的な環境を構築していくには、いま一度、基本に立ち返って徹底した現場教育を施すことで、安全に対する全体的な意識をさらに高める必要があるといえるでしょう。

 

 正しく理解されていない5Sのコンセプト

 具体的な方策として挙げられるのは、安全対策の根幹をなす5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)です。まずはこれを徹底すべきでしょう。もちろんこの5S運動については多くの企業がすでに取り組んでいます。しかしその実態はかけ声倒れに終わり、うまく機能していないところも少なくないようです。それはなぜか、大きな原因は5Sのコンセプトが従業員に正しく伝わっていないからだと考えられます。最も肝心なこの部分の理解が不十分なままだと、先に進まないのは道理でしょう。

 そのためには、五つのSをただ単純に縦一列に並べて説明するだけではだめなのです。それぞれが有機的に結びついているという構造的な理解をしてもらうようにしなければなりません。すなわち、「整理(必要なものと必要でないものを明確に分けて必要でないものは捨てる)」「整頓(必要なものを使いやすいように順序よく並べておく)」「清掃(掃除をして常にきれいな環境を心がける)」の三つのSが最初にあって、その三つを維持していくという時間的な継続としての「清潔(きれいな状態を保つ)」があり、さらに全体的な精神的バックボーンとしての「躾(決められたことを正しく守る習慣を身につける)」という立体的な教え方を施し、5Sに対する従業員の理解を正しい方向に導いていく必要があるのです。

 このスタートラインをあいまいにしたまま、最近では「しつこく・しっかり」、さらには「斉唱・斉動」など、7S、9Sなどといった運動を展開している企業も見受けられます。いずれも最初の3Sとは一線を画しており、単なる語呂合わせといった感も否めません。これを横一線で説明されたところでなおいっそう事の本質が見えにくくなり、現場が混乱しやすくなるのは当然のことです。

 したがってまず、3Sを土台とした5Sとは何か、これを従業員に正しく理解してもらい、職場全体に安全に対する意識を高めていくことが最優先課題といえるでしょう。 実際に5Sを推進していくに当たっては、@トップの積極的なリーダーシップと方針の明確化、A職場の実状に応じた具体的な目標水準の設定、B計画的・段階的に推進するためのスケジュール作成、C5S担当者の設置と定期パトロールの実施、などがポイントとなります。従業員に高い意識を持って、こうした基本的な事柄を徹底するだけでも、確実に事故災害の減少につながっていくものなのです。

 

 災害防止の新手法として注目されるOHSMS

 一方、事故災害が横ばい傾向を示している昨今の状況を打開するために行政レベルでも新しい動きが出てきています。これまでは日本の労働安全管理は労働安全衛生法に対して違反が生じないように管理するという、どちらかといえば受け身的な取り組みが主流でしたが、今後はいままで以上の成果を出そうとの考えから、効果的なガイドラインづくりなど、より積極的な姿勢を打ち出しているのです。

 これは製造業にとっても朗報といえます。そうした指針を参考に一段とレベルアップした安全管理を施すことができるからです。例えば厚生労働省がこの6月にとりまとめた「機械の包括的な安全基準に関する指針」もその一つでしょう。これはすべての機械に適用できる包括的な安全方策などに関しての基準を示したものですから、中小製造業の皆さんにとっても安全対策上のヒントと成り得るはずです。

 また科学的な安全管理体系を構築していくに当たっては、災害発生防止の新たなる手法として注目されている「労働安全衛生マネジメントシステム(OHSMS)」が大いに有益でしょう。これは平成10年度から実施されている国の第9次労働災害防止計画で取り上げられたもので、各企業が労働安全衛生に取り組むためのガイドラインです。旧労働省がILOの指針に基づいてとりまとめたもので、現在は日本独自の国家規格ですが、品質保証や環境と同様に、いずれは統一された国際規格化になるのではと期待されるシステムで、わが国でも大手メーカーを中心にすでに多くの企業が導入しています。

 OHSMSは制度的にもISO9000・14000と似通っており、企業や組織が自ら定めた労働安全衛生方針および目標を達成するための継続的な改善に取り組もうという仕組みで、PDCAサイクルと監視の組み合わせにより構成されているものです。ただ、異なるところはリスクを洗い出し、分析・評価して危険度に応じてリスクコントロールを行う点にあります。

 もっと詳しく述べると、OHSMSは労働災害事故を防止するためには危険の芽をつみとることが大切という発想から、企業や組織のトップがリーダーシップをとり、現場で直面している労災リスクの要因を洗い出すことから始まります。次いでその結果に基づき、労災リスクを軽減するための計画を立案(Plan)し、それを実行に移す(Do)のです。さらに年度末になったら結果を点検・評価(Check)し、改善点があれば、軌道修正を行い、次年度の活動に反映(Action)させます。こうしてPDCAサイクルを回転させていくことで、継続的に労災リスクを軽減していこうというわけなのです。

 

 現場の意見を吸収し、改善していく姿勢が必要

 このようにISO9000 ・14000と同じような仕組みですから、これらのシステムを導入している企業にとって作業的にはさほど難しいものではありません。すぐにでも取り組むことができるのではないでしょうか。またそうでない企業にとっても、管理ポイントを押さえれば、大丈夫です。まずはより危険度の高い仕事に限定して取り組んでみるといいでしょう。
 運用面で肝心な点はトップがリーダーシップを発揮するといっても独善的になってはいけないということです。現場の意見も吸い上げながら、改善していくという姿勢が必要でしょう。そのためには安全管理者をラインに配するだけではなく、補佐役のスタッフ側にも置くべきです。いわばライン&スタッフ方式で、互いが情報交換しながら、危険の芽を排除していく仕組みがベストといえます。
 いずれにせよ、今後の労働災害の低減のためには、生産現場においてPDCAサイクルを回すというマネジメントシステムを持ち込み、継続的に実施していくのも一つの効果的なアプローチ法です。安全管理のノウハウを蓄積したベテランが定年などにより退職する時期を迎え、その技術や知識が十分に継承されず、安全水準が低下していくと危惧されるなかにあっては、なおさらのことといえるのではないでしょうか。
 このOHSMSは先述したようにまだ国家規格の段階で、現在では第三者機関による認証を要求されていませんから、ISO9000 ・14000などと比べてコスト的にも安価で済みます。事故率ゼロによる安全な職場づくりを目指して一刻も早く導入されてはいかがでしょうか。