著名者インタビュー
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2004/5-6
金属加工工場のリサイクルシステムを考える
〜ゼロエミッションの実現を目指して〜


早稲田大学理工学部教授
田祥三氏

1972年東京大学工学部卒。78年同大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。東洋大学工学部助教授、大阪大学工学部助教授などを経て92年から早稲田大学理工学部教授に。循環型生産のためのライフサイクルエンジニアリング、設備ライフサイクルメンテナンスなどの研究に従事。

 金属加工工場のリサイクルシステムを考える
 〜ゼロエミッションの実現を目指して〜

 最近、循環型社会という言葉をよく耳にします。これは環境問題に関してわが国が目指すべき方向性を示した「循環型社会形成推進基本法」で取り上げられた概念ですが、資源の無駄づかいや使い捨てを止め、有効に循環させていくことで環境負荷を少なくした持続可能な社会を指します。

 基本法に則った法整備も進み、この概念は一般社会にも広まりつつあるのが現状です。モノづくりの世界でも例外ではありません。大量生産・大量消費型の社会を支えてきた生産活動の歪みが顕著になるにつれ、循環型生産の仕組みづくりについての議論が盛んに交わされるようになってきているのです。

 ただ実際の生産現場では環境保全と利潤追求のための経営活動はトレードオフの関係にあって両立しないという考えが根強く、効果的な循環システム構築がなかなか進まないという側面も否定できません。

 しかしながら環境に必要以上に負荷を与える生産活動を続けるのは最早、限界点に達しつつあります。一刻も早く循環型のシステムを整備し、廃棄物を極力なくすゼロエミッションを目指さなければならないのです。大切なのは、リユース・リサイクルは利潤を生まないからやらないというのではなく、それを儲かる仕組みに変えていくという発想です。むろん容易なことではありませんが、そこに大きなチャレンジをする意義があるのではないでしょうか。

 そこで今回は循環型生産の考え方や実際の加工現場の事例について、早稲田大学理工学部教授の田祥三氏にお話しを伺うことで、製造業におけるリユース・リサイクルシステム確立の重要性について考察してみることにしました。

 モノを増やさず機能を最大化
 従来、モノづくりの世界では資源は無限にあるという暗黙の前提で生産活動がなされてきました。確かに近年になってからは省エネ化が進み、材料の無駄づかいもなくなってきてはいます。しかしながらそれはコスト低減というスタンスからの取り組みであって、限りある資源を有効活用するという認識は薄かったのが現実です。

 資源の有効利用を念頭に置いているならば、まず市場にモノがあふれ返るほど供給はしないはずです。使われないモノは結果的に廃棄物として処理され、ゴミの山を築くことになります。自動車の場合、年間500〜600万台規模、家電リサイクル法の対象となるエアコン、冷蔵庫、洗濯機、テレビは併せて年間2000万台ほど捨てられているというデータもあるほどです。しかもこれは日本全体の廃棄物のごく一部に過ぎません。驚くべき事実です。

 こうした切迫した現実が顕在化してきている状況下ではこれまでのモノづくりのあり方を根本から問い直さなければならないのも道理でしょう。そこで一つの方向性として出てきた概念が循環型の生産システムです。

 よく考えてみますと、消費者が求めているのは製品そのものではありません。製品を使うことで得られる機能です。モノは機能を提供するための媒体に過ぎません。したがって生産においては消費者の求める機能を提供することに主眼を置けばよく、モノを増やすことを目的とする必要はないといえるのです。つまり、これからのモノづくりは資源・エネルギーの消費と廃棄物の量を最少化しながら、消費者に提供する機能の最大化を目指すべきなのです。

 さらにこれを実現するには製品をつくり込んでいくプロセス(順工程)だけではなく、排出物を次の製品の原材料として再生していくプロセス(逆工程)も考えなければなりません。この両工程を効率化してリンクさせることで、モノを循環させながら機能を更新していく理想のプロセスが確立するのです。これが循環型生産システムです。

 リユース・リサイクルで再生
 そこで肝心なのはまず何よりも先に製品のライフサイクルについて考えることです。効率的にモノを循環させるには廃棄物になってから勘案するのでは遅い。製品の設計段階から考えなければならないのです。

 そのためには製品個々の機能や使われ方、構成部品の特性などを念頭に置く必要があります。そのうえで、どういう循環の方法がベストかをあらかじめ計画して織り込んでおくのです。

 循環の方法といっても多様です。環境負荷の点から最も望ましいのはしっかりしたメンテナンスによりできるだけ長期に使用することです。それができない場合は、リユース(再使用)、リサイクル(再利用)という方法をとります。製品を一旦回収して手直しして再使用する製品リユース、あるいは分解して部品として使う部品リユースです。

 具体例としてはコピー機がいいお手本です。回収された製品のなかで状態のいいモノを洗浄し、消耗品などを交換して新品と同等の機能を保証して売っています。製品再生ができないものについても、部品を取り出して新製品のなかに組み込むような仕組みも整えています。まさに循環型製品の代表選手といってもいいでしょう。

 こうしたリユースができない場合に残された方法が材料リサイクルです。製品や部品として再生できないものを破砕し、溶解させるなどして材料として利用できる状態にするのです。

 こうした多様な循環の方法を効率良く回していくには、製品ごとに設計されたライフサイクルに基づき、循環のプロセスをきちんと管理していく必要があるのはいうまでもありません。

 鉄スクラップシステムは優等生か
 ところが、現実的には循環型生産システムはまだまだ未整備で本格的に実現されているとは言い難い状況です。よりレベルの高いリユースはなおさらのことで、コピー機やレンズつきフィルムは例外の部類に入るといっていいでしょう。その意味では現状で取り組まれているのはほとんどが材料リサイクルの分野なのです。そこでは徐々にではありますが、うまく運用されているケースも見受けられるようになってきました。なかでも鉄のリサイクルは、従来よりシステムが確立しており、リサイクルの優等生といわれています。

 現在、日本の粗鋼生産量1.1億トンのうち、約30%が鉄スクラップを利用した電炉製鋼により再生製造されています。したがってリサイクルシステムとしてはかなり理想に近いものが確立しているといえます。

 しかしながらまだまだ改良の余地があるのも事実。そこで金属加工工場の立場からどんな取り組みをすればリサイクルシステムの最適化につながるのか、調査実例を基に考察してみることにしましょう。

 対象は加工工程から発生する切削屑です。切削屑は嵩比重が小さく、回収、輸送、再生という逆工程での処理効率が低い。したがって改善の余地も大きいと判断して取り組まれたものです。

 金属加工工場A社では、従来は人手により切屑の回収作業を実施し、集積場のバケットに投入後にほかの加工屑と一緒にバケットごとスクラップ業者に売却しています。切屑回収作業は手間もかかるうえ、回収時は加工機自体も停止して稼働率低下の要因にもなっています。

 そこでこの問題を解決すべく回収作業の改善を検討しました。その結果、自動化、外段取り化により、加工機を停止する時間は約6割も削減でき、順工程の効率化につながるとの試算結果ができました。

 儲かる仕組みを考えるのが大切
 つぎに、切屑圧縮機による切屑のブリケット化を検討しました。これは、輸送、再生段階へ大きな効果をもたらすことが分かりました。ブリケット化により嵩比重が増大、スクラップ業者は保管効率の向上に加えて、1回の運搬量も増加し、輸送回数を減らすことができることが分かりました。一方、電炉工場では歩留りの向上、原料費、ダスト処理費の削減効果が期待できることも分かりました。また、異物混入の恐れがなくなり、原料の不純物率の低下、品質の改善、不良品発生の抑制につながることが期待されます。

 このように金属加工工場での圧縮機の導入は、リサイクルシステム全体の効率化を実現することが分かりました。全体のスクラップ量からすれば切削屑はわずかかも知れませんが、循環型生産では小さな改善努力の積み重ねが大切なのです。

 ただ課題は、圧縮機は、輸送、再生の段階ではかなりのコストメリットがもたらされるものの、スクラップ処理という観点からだけをみると加工工場個々では採算的に厳しいものがあり、今後は、加工工場・スクラップ業者・電炉工場の三者で協力関係を結び、効果を適正に配分するシステムも考えなくてはなりません。そこに循環型生産システムが本格的に定着していくためのポイントがあるようにおもいます。つまりいくら理想的な青写真を描いてもビジネスとしてきちんと成立させなければ、実現は困難ということです。

 このためには、発想の転換が必要です。リサイクルは利潤を生まないからやらないというのではなく、儲かる仕組みを考えて積極的にかかわるという姿勢が必要です。循環型社会は時代の要請です。自分たちが変わらなければ何も変わらないという気概を持ってリユース・リサイクルシステムの構築に取り組んでいくべきと考えます。