著名者インタビュー
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2004/7-8
中国製造業の最新事情
〜若手経営者の活躍で伸びる日系中小製造業〜


アジア・ジャーナリスト
松田 健氏

1947年小豆島生まれ。上智大学法学部卒。23年間にわたる新聞記者を経てジャーナリストとして独立。以後、アジア各地を精力的に飛び回り、経済やビジネスに関するレポートを執筆する一方で、経営コンサルタント的活動も展開。アジアビジネスやアジアの金型についての著書もある。

 中国製造業の最新事情
 〜若手経営者の活躍で伸びる日系中小製造業〜

 各種データにも如実に示されているように、日中間の経済活動が一段と緊密化してきています。財務省貿易統計をもとにJETROがドル建て換算した03年の日中貿易を見ても、総額が1324億2849万ドル(前年比30.4%増)と5年連続で過去最高額を更新しておりその傾向は顕著です。JETROでは04年も拡大傾向は続くものと予測、貿易額は1500億ドルを突破して過去最高を続伸すると見ています。

 中国が「世界の工場」から「世界のマーケット」に変容し、日中経済が相互依存を深めるなかにあって、日中関係もまた新しい段階に入ったともいえます。現地進出を図る日系企業の勢いはさらに加速するものと見られ、中国のWTO加盟を受けて新たに発生するビジネスチャンスをとらえようとする動きも活発です。各種アンケートでも、今後国際戦略を進めるうえで最も注力する地域は中国と回答する日本企業は圧倒的に多い。これは大手企業に限ったことではなく、中小製造業の意欲もまた高いものがあります。

 そうしたなかで若手経営者の手腕で成功を収めつつある日系進出企業のケースも多く見られるようになっており、中国における製造業の事情に詳しいアジア・ジャーナリストの松田 健氏にその状況を語っていただきました。

 市場としての魅力増す中国
 生産工場としての中国に寄せる期待は依然として大きいものがあります。しかしそれよりも強い魅力として最近、日系企業が感じ始めているのが巨大市場としての中国です。中国では発展著しい沿海部に加え、内陸都市部でも所得水準の上昇が見込まれるなど、消費市場が急速に拡大しつつあります。さらに北京オリンピックや上海万博も控えて関連の特需効果も高まるものと予想されているのです。

 実際、中国市場の膨張ぶりは凄まじく、自動車需要は向こう3〜4年で日本を上回る可能性が指摘されているほか、携帯電話の加入者数はすでに世界シェアの2割程度を占め、依然として高い伸びを示しています。したがって中国は世界の工場であると同時に、世界で最も有望な一大消費地として変貌を遂げつつあるのは紛れもない事実といえるでしょう。

 こうしたなか、巨大市場に対する日系企業の寄せる期待も大きくなっており、その傾向は最近の国際協力銀行の調査結果からも読み取ることができます。海外に現地法人を3社以上持つ企業を対象に行った調査では、54.6%の企業が現下の最重要課題として「海外生産の強化・拡大」を挙げ、中国に進出した企業の70.1%が事業を拡大させると回答しているのです。この比率は2位に当たる米国の50.3%を大きく引き離しています。

 最も興味深いのは事業拡大の目的です。回答で一番多かったのは「拡大する現地市場に対応すること」。以前、最も多かった「低コストの労働力の活用」を逆転しているのです。工場としての中国から市場としての中国へと日本企業の意識は大きく変化したことの何よりの証左といえるでしょう。

 付加価値の高い製品に的絞る
 こうした転換期にあるなか、実際に以前にも増して日系企業の中国進出は加速しています。それも大手企業ばかりでなく、中小製造業の増勢ぶりも目を見張るものがあり、慣れない土地で若手経営者が格闘しながらも活路を開き、成功を収めつつあるケースも少なくありません。なかには日本で操業していたとき以上に業容を拡大して意気盛んな企業も出てきています。

 その代表格が広東省深センで精密樹脂部品を製造しているD社。D董事長の父親が関西で樹脂成形業を営んでおり、1993年に香港に現地法人を設立。華南地区のユーザーへ樹脂部品を供給開始したのがスタートでした。その後、拠点を深センに移したのを機に急成長を遂げています。D社が製造しているのはOA機器向けの樹脂製ギアが中心。当然ながら要求精度が高いだけに付加価値も高く、利益率の高いビジネスを展開しています。主な得意先は日本で取引のあった大手企業の現地子会社です。

「日本での取引実績があったとはいえ、華南地区は台湾系の金型メーカーや成形業がひしめきあっているうえに、日本以上に高い精度が求められるなど、競争は厳しいものがあります。それにも関わらず注文をいただくのは、台湾系企業の製品より精度が高く、長持ちし、納期も厳守するなど、トータルの付加価値が評価されてのことです」とD董事長は急成長の要因をこう説明しています。

 中国でも高付加価値部品の需要が形成されつつあるなか、同社ではそこに狙いを絞って事業を展開したことが功を奏したといえます。最近では上海にも進出して着実に商圏を広げており、工場では100台を超える日本製の高級成形機がフル稼働の状態となっています。

 高品質の製品を
 地元企業より安く供給
 一方、「地元企業よりは安く、しかし品質は高い部品づくり」をモットーに事業を展開する企業もあります。広東省東莞市でプラスチック成形に特化するJ社です。父親が創業した日本の会社を閉鎖して単独で現地に進出、工場を構えました。

 以来、D社とは好対照に導入する機械は全て台湾製にするなど、コストを切り詰めた経営手法で事業を拡大してきました。工場も拡張に次ぐ拡張で、現在は1000名ほどの社員を抱える規模に。平均年齢は22歳以下で、女性社員が実に全体の9割を占めているのがユニークなところです。会社を牽引するJ董事長もまだ40代半ばの若さです。

「顧客のほとんどが広東省で操業する日系の大手企業。価格競争が厳しいなかでそうした得意先に生き残ってもらうには、より安く部品を供給することが必要なのです。当社は将来的にも中国に定着して事業を展開するつもりですから、地元資本の企業よりも安くて良い製品を供給して、地域に認められる企業としての基盤を築くことに留意しています」

 地元企業の技術力が高まり、外資は出て行かざるを得ない時代がくるのでは、という質問には次のような答えが返ってきました。
「日系企業である当社内にも地元出身のスタッフが育ってきており、客先では中国人どうしで商談していますし、地元での発言力も増してきていますから、現地スタッフが育ってくれることで、そのような問題は回避できるでしょう」

 日本から来た熟練技能者が若手社員にハイレベルな「キサゲ」の技を熱心に指導するなど、技術移転への労も惜しまない。それに対して、技能習得に必死に取り組む現地社員の姿を見ると、日本で培われた技能が日本の若者にではなく、中国の若者に伝承されていくのではないかということが実感として伝わってきます。さらにJ董事長自らが貴州、四川各省の専門学校や大学を巡って人材確保にも熱心に取り組んでおり、金型コストの大幅な低減や小型成形機の内製化などによって価格競争の面でもすでに一部では地元企業よりも優位にたち将来的にも明るい展望を描いています。

 高度の技術を持ち独自に中国進出
 世界最適調達の大手企業が後追い発注
 日本企業の海外展開における典型的なパターンは自動車、家電などの大手がまず進出、地ならしをしたあとに協力工場が追随するというケースが圧倒的ですが、最近ではその概念に当てはまらない例も見受けられるようになってきました。海外進出した中小を世界最適調達を進める大手が追いかけるという構図です。中国での新規受注を狙って深センに金属部品加工の工場を立ち上げたM社がその例といえるでしょう。

 同社は得意先が海外に生産拠点を移すなかで、国内で仕事を確保しようと奔走しましたが、厳しいコストダウンの要求で利益率が低下、長期的に見ると会社の衰退が予測される状況となったのです。そこで従来の顧客は当てにせず、新規開拓による生き残りに社運を賭けて中国に進出したのです。

 その意味では全くのゼロからのスタートだったのですが、現地では日本の優れた加工技術を持つ加工メーカーが進出してきたとの情報がすぐに広まり、幸いにも早々に注文の打診があったといいます。こうして着実に顧客を広げながら生産体制も整備しているなかで、情報を得た従来の顧客であった大手企業も発注をかけてくるようになったのです。しかも単なる部品加工だけでなく、ASSYも含めた付加価値の高い複合部品まで受注することになったといいます。

「中国では毎日、午後10時まで残業です。日本では何と無駄なことばかりやっていたのかと猛省しています。いまでは私の仕事の8割が中国で、月の半分以上は中国に滞在している状況です。中国は新規のビジネスチャンスが多いのも魅力です。朝10時に飛行機に乗ると午後には中国工場に入ることができる。本社が東京にあり、工場は九州という感じですね」と40代で働き盛りのM董事長は意欲満々です。

 このように思い切って中国に進出し、成功を収めている中小製造業も少なくありません。大手企業ばかりが安定軌道に乗っているわけではないのです。むしろ、中国進出では資本の小さい企業のほうが赤字の比率が少ないというデータもあります。中小のほうが決断のスピードが速く、背水の陣で臨む覚悟があるからでしょうか。その意味では今後もこうしたサクセスストーリーを持つ中小製造業の出現が普遍的になりそうです。