著名者インタビュー
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2005/11-12
“長期関係主義”から“長期能力主義”に転換し
統合型モノづくりの推進を


東京大学ものづくり経営研究センター
藤本隆宏センター長

1955(昭和30)年東京都生まれ。79年東京大学経済学部卒業後、三菱総合研究所入社。89年ハーバード大学ビジネススクール博士課程終了後、東京大学経済学部助教授、同大学院経済研究科助教授、ハーバード大学上級研究員を経て、現在東京大学経済学研究科教授兼ものづくり経営研究センター長。研究テーマは生産管理、製品開発、サプライヤーシステム。

 “長期関係主義”から“長期能力主義”に転換し統合型モノづくりの推進を

 グローバル化が進展するなかで日本国内のモノづくり復権が叫ばれて久しい。そのなかで、「日本固有の“長期能力主義”を活用した“統合型モノづくり”の推進がモノづくり復権のキーワードになる」と東京大学ものづくり経営研究センターの藤本隆宏センター長は提唱する。今回は、現場の目線で情報を発信する藤本センター長にその概要を解説していただいた。

 現場の目線でモノづくり改革を目指す
―― 先生は「現場発の戦略論」を提唱されていますが・・・

藤本 私の専門は現場サイドに立った技術管理・生産管理ですが目線の高さでいうと5メートルぐらいのところ。戦略論 はもう少し高いところにあり、産業論
はさらに上、日本の経済全体をみるとなるとさらに高くなる。しかしながらこれまでは現場の視点と高い視点があまりつながっていなかった。たとえば各種工業新聞で取り上げられている現場に近い記事では、厳しいという声はあっても、現場が総崩れという表現はない。ところが全国紙の一面は高いところからみた記 事で、日本から製造業がなくなってすべて中国に移行するような論調になっている。ミクロの現場の状況とマクロの経済論で取り上げられる話とがつながっていないのです。マクロ経済、産業論等を議論する人たちは現場の実情を認識し、現場の人たちもマクロ的、戦略的視点をもち、相互を認識する知的環境をつくらなければならない。

 一方で、日本のモノづくり現場でも、能力構築競争で鍛えた一流のモノづくり現場と、そこから脱落した現場との二重構造になっており、生産性において両者に大きな格差がある。そこで、競争で鍛えてきた人たちの知恵をその他の現場に移転できないか、そして5メートルと100メートルの視点をつなぐにはどのようにすべきかをわれわれは考えているのです。

 モノづくりの歴史、風土に合った生産形態を構築
―― 日本型モノづくりの再構築ですね。

藤本 グローバル化するなかで、それぞれの国のモノづくりの歴史、風土に合った生産形態をとることが必要です。設計思想の違いから見ると、“インテグラル(擦り合わせ)型”か“モジュール(組み合わせ)型”に大別することができますが、業種で見ると前者は自動車、後者はパソコンが代表的なものとなる。例えばDELLのパソコンは汎用部品の集合ですから、インターネット購買と相性がいい。DELLがインターネット購買を駆使するというのは理にかなっています。ところが自動車は汎用部品が数パーセントあるかないか。あとは社内標準化された共通部品が40パーセントくらい。残り半分以上がそのモデルのための専用部品なのです。ほとんどの部品が社内専用かモデル専用となっている。擦り合わせ型製品の特徴ですね。すべての設計パラメーターを一から見直してファインチューニングするわけです。そういう部品をインターネットで買うのは難しいのです。

 自動車、オートバイ、超小型家電もそうだし、胃カメラなどの精密機械も擦り合わせ型製品の代表的なものです。日本の得意なものばかりですね。戦略の基本は自分の強みを生かすことですから、強みを生かしたモノづくりといったとき、設計思想的にいうと日本は擦り合わせ型製品が中心になるのは自明の理ではないでしょうか。

 米国企業はもともとの構想力が強い傾向があるので、いかに擦り合わせをしないで製品化するかということに力を入れてきた。その結果としてPCやインターネット商品、自転車、金融商品などモジュラー型アーキテクチャの製品で強い。アメリカというのは世界中の知恵を移民という形で即戦力で吸収し続けて世界一になった国です。社会制度も得意とする製品もモジュラー的なのです。

 一方、戦後日本は長期雇用、長期取引できたので、ツーカーの関係、あうんの呼吸、チームワークといったものが持ち味。しかも製品設計情報ができたあとも、各工程で精度を上げ、材質を吟味し、工程設計パラメーターをそれぞれ微妙に調整しながらつくりこんでいく。結果的に特殊部品の集成体として完成度の高い製品にする。これを擦り合わせ型アーキテクチャといいます。国際競争を勝ち抜くには、得意なものを得意なところがつくり、市場のあるところでつくる、という原理原則を掘り下げていけばいいのです。

―― 日本独自のモノづくり環境の再認識ですね。

藤本 ただし、今まであったぬるま湯的・談合的な“長期関係主義”から“長期能力主義”に転換することが必要です。また、発注側も丸投げではいけない。自社の評価能力をみがき、厳しい評価の上に立って長期取引を継続することが大前提となります。現在は、競争してきた強い企業としてこなかった企業とで生産性の二重構造になっている。競争してきた企業の長期能力主義、これが統合型の組織能力のベースなのです。
 シニア人材を活用し統合型モノづくりを伝承
―― 最後に、経済産業省との間で推進されている「ものづくりインストラクター養成スクール」についてご説明ください。

藤本 当センターに関連してわれわれが目指す事業のひとつに、日本のモノづくり現場が鍛えて蓄積してきた「統合型モノづくり知識」を体系化し、形式知化して、規制や談合に守られてきたために進展の遅れた企業、あるいは人材不足に悩む中小製造業に改めてそれを移植することがあります。それではどのように移植するか。その手法のひとつとして、豊富な経験・知識を有する50代、60代のシニアの活用を図っていこうというのが「ものづくりインストラクター養成スクール」の趣旨なのです。

 ポテンシャルのある人が大量に定年退職しながら、一方で人が足りないという。溶接のプロは同時に現場管理も品質管理も工程管理も作業管理もわかっている。自分の職場に関してなら暗黙知として何でもわかっている。しかし、通常60歳で退職すると、そのノウハウを活用する仕組みが整っていない。一方で派遣が増え、誰が教えるのかという問題が起きている。これは明らかに矛盾している。そこで知恵を持っているベテランを「汎用性のあるインストラクター」として活用していくべきではないかということなのです。

 養成スクールで育った人たちはある種の登録をしてもらい、必要なところにマッチングさせる。海外拠点などを含め、業種を越えてインストラクターの需要はたくさんある。現在は優秀なコンサルタントを頼むと相応の費用がかかるが、シニア人材に依頼すれば中小企業でも気軽に頼むことができる。また、働く人も定年後の自分のペースで働ける、やりがいにつながるわけです。こういう人がたくさん出てくれば、2007年問題は日本にとってむしろチャンスになるはずです。