著名者インタビュー
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 2001/5
情報家電市場の可能性と中小製造業の対応


国際大学
グローバル・コミュニケーション・センター教授

池田 信夫氏
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授。
1978年東京大学経済学部卒後、NHK入社。報道局などに勤務し、報道番組の制作に従事。
94年慶応大学大学院政策・メディア研究科入学。96年同研究科修士課程修了後、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教授に。2000年より教授。
現在、インターネットによるテレビ放送の実現を目指すワールドワイドビジョン・イニシアティブの事務局長も務める。
主な研究分野は情報産業の経済分析および通信と放送の融合。
 
著書に『コンピューターの時代』(共著、角川書店)、『情報通信革命と日本企業』(NTT出版)『インターネット資本主義革命』(NTT出版)など。
 
 情報家電市場の可能性と中小製造業の対応
 インターネットの普及とともにパソコンに次ぐネット機器として注目されているのが情報家電である。米国の大手半導体メーカーであるテキサス・インスツルメンツの最高経営責任者トーマス・エンジバス氏なども、今後、ITの中心は携帯電話を含む情報家電にシフトするものと予測しており、さらに、近い将来にはパソコンの売上げを凌ぐ規模の市場に成長するとの見方も出ているほどです。こうしたなか、情報家電はアナログ家電時代から培ってきた日本の家電技術を活かせる分野として期待され、経済再生の起爆剤としても大いに有望視されています。

 確かにエアコンや洗濯機、冷蔵庫、電子レンジなどインターネット対応の新たな情報機器が次々と登場、市場発展の可能性が広がっています。といって情報家電が製造業にバラ色の未来を約束すると考えるのは早計です。期待どおりの成果を収めるためには、従来にない発想の転換が必要だからです。

 そこで今回は、情報家電産業の市場としての今後の可能性を探るとともに、そのなかで中小の製造業が生き残っていくためにはどうした戦略を展開すべきか、その経営スタンスについて考察してみることにしました。

 

 家電のネットワーク化もワイヤレスの時代に

 一般に家の内外から情報携帯端末やリモコンなどによる遠隔操作でデータを送受信できる家庭用電気製品のことを情報家電、あるいはネット家電とかデジタル家電などと呼んでいます。例えば、外出先やオフィスから携帯電話を利用してビデオ予約できるテレビや、同じく家の外から携帯電話を使って快適な室温にコントロールできるエアコンなどは典型的な情報家電の機能を有しています。最近ではインターネットの普及により、専用のサイトからレシピをダウンロードすることで、食品を用意しておくだけで簡単に調理してくれる電子レンジや、パソコンなしでメールを送受信したり、ホームページにアクセス可能なLモードと呼ばれる家庭用電話サービスなど、新しい情報家電が話題をさらっています。

 さらにこうした機器類は現状においては個々の製品ごとにインターネットに接続されている、すなわち家庭用品にインターネット接続機能が付加されているにすぎないわけですが、将来的にはそれぞれをネットワークでリンクさせることで、すべての情報家電を一つのリモコンや端末だけでコントロールできるようになるという話も現実味を帯びてきました。

コントロールする方法もいろいろと考案されていますが、代表的な規格としてはブルートゥース(Bluetooth)やHAVI(Home Audio/Video Interoperability)などが挙げられるでしょう。

 ブルートゥースとは従来機器類の間をつないでいたケーブルの代わりにワイヤレスで接続する無線方式の高機能リンク規格をいいます。これは機器の中に専用チップを埋め込むことでケーブルフリーな機器接続を可能とするもので、情報家電にもこのチップを埋め込めば、家庭内にある機器類を配線なしでリンクすることができるのです。例えばパソコンと各家庭製品にチップを入れ込んだ場合、パソコンからエアコンの温度設定やビデオ予約、スピーカーのボリューム調整などができるようになるというわけです。

 一方、HAVIとは次世代型のホームネットワーク規格で、IEEE1394(アイトリプルイー)と呼ばれるインターフェイスをベースに、つながっている機器類をリモコン一つで全部操作可能にするというもの。日本はじめヨーロッパの家電メーカー8社が推進しているプロジェクトで、本年中にも実用化される予定です。

 こうした技術を駆使することで今後は、情報家電はすべて一つの家庭用ネットワークとしてつながり、遠隔操作も簡単にできるようになるといわれているのです。

 

 日本得意のモノづくりの技術が活かされる世界

 このような活発な動きから、情報家電産業は最近になって可能性を秘めた未来市場としてにわかに注目されるようになってきています。特にパソコン市場が飽和状態となっている現在、キーボードなしで簡単に操作できるその利便性は次世代型のネットワークコンピューティングの中心機能になるものと大いに有望視されはじめています。実際、米国の調査会社IDCによると、2002年にはパソコンの売上げを上回るマーケットに拡大、ネットワークでリンクされ、互いに交信しながら動くようになるともいわれています。
 こうしたなか、日本の製造技術への期待も急速に高まってきています。アナログ家電の時代から培ってきた得意のモノづくりのスキルを生かすことができるからです。90年代、デスクトップコンピューターの分野で米国の一人勝ちを許してきた日本としては、製造業の世界で再び米国を抜き返すチャンスとばかりに色めき立っているともいえます。景気低迷を脱する牽引役としての期待も大きくなっています。
 確かにパソコンの分野で日本メーカーが米国の後塵を拝してきた最大の理由は、ソフトウエアとハードウエアが分離され、CPUとOSが特許でがっちりガードされていたために、優れた実装技術が活かされなかったからといえるでしょう。その点、情報家電の世界ではソフトはハードに組み込まれますから、日本メーカーの技術なしに製作することは難しくなるのです。また情報家電ではOSは機器の中に組み込まれて見えなくなるため、代わりにほかの機器と接続するインターフェイスの部分が重要になります。したがってそこがIPやXMLなどの通信プロトコルによって標準化されれば、OSは何でもいいということになるのです。そうなってくると、既存のWindowsなどとの互換性は意味を持たなくなり、日本製のOSでも構わないということになるかも知れません。

 

 インターネットとリンクしない商品の将来性はない

 このように、情報家電産業は日本の製造業をいま一度、世界のトップに返り咲かせるポテンシャルを持った市場といえるでしょう。しかしだからといって、楽観視ばかりしてはいられません。そこにはやはり、これまでとは違った取り組み姿勢が求められるのです。ただでさえ、厳しい競合の時代。生き残っていくためにはそれなりの先見性に富んだ発想が必要です。そのヒントをいくつか述べたいと思います。

 まず第一に、情報家電市場はインターネットの発達と軌を一に成長してきたことです。またインターネットの発展の可能性を考えたら、今後もそれと無縁な存在であり続けることはできないことです。端的にいえば、インターネットというインフラとリンクしない情報家電には将来性はないのです。その点からすれば、昨年12月に鳴り物入りで始まったBSデジタル放送用のデジタルテレビも現状ではインターネットにつながらない仕様ですから、いまのままではあまり期待はできません。

 ちなみにインターネットによるテレビ放送の実現を目指すプロジェクト、ワールドワイドビジョン・イニシアティブでは目下、実際にコンテンツを収集し、実験的にインターネットによる放送に取り組んでいます。現時点では通信容量が少ないため、映像としてはイマイチですが、インフラが整備されれば、鮮明な画質できちんと見られるようになるはずです。同じ情報家電のテレビでもブロードバンド時代を見越せば、未来の可能性を秘めているのは、こうしたインターネット対応型のテレビであることは明らかです。

 

 フレームワークが勝負の時代に求められる提案型企業への脱皮

 第二に考慮すべき点は、インターネット対応型家電にしてもすべてに市場性があるとは限らないということです。おそらく技術的には早くから確立し、実用化されているにもかかわらず、それほどヒットしていない商品はこれからもそう多くは期待できないのではないか。便利なようでいて意外と売れていないのは消費者マインドを揺り動かす魅力がないからだと考えるべきでしょう。先に挙げた電子レンジなどはいまの時点ではその代表格といわざるを得ません。

 このように、インターネット対応の情報家電でも将来性のあるなしは個々の商品次第であり、すべてがマーケットとして確立するわけではないということは肝に銘ずべきです。やみくもに事業化したところで、失敗は目に見えています。企業ごとの見識が問われてくるといえるでしょう。一つの見方を示せば、可能性として最も高いのはブロードバンドではテレビ、ナローバンドでは携帯電話といえるのではないか。それにブルートゥースなどネットワーク関連の機器類でしょう。

 とはいっても従来のモノづくりのやり方では成功はおぼつかないといえます。以前と同じ手法が通用するほど、世の中は甘くありません。新しい発想が求められているのです。そのためにも最後に指摘したいのは、提案型企業への脱皮です。これはグローバルの現代にあって最も肝心な経営スタンスでしょう。モノづくりの世界はいまやプラットフォーム、フレームワークの勝負になってきています。つまり規格の善し悪しが勝敗を決するようになってきているのです。以前のように部品としての性能の良さが最優先されているわけではありません。もちろんそれも重要な要素ですが、そうしたパーツはネット調達で世界から高品質なものを安く集めることもできる時代となってきています。要はハードを効率よく動かすソフトをどうつくるかに重点移動してきているのです。そうした仕組みづくりに優れたアイデアを提案できるかどうか 、そこに企業の命運がかかってきているというわけです。

 依然、モノづくりの技術では日本は世界のトップクラスに位置し、それが情報家電でも重要な技術の一つであることは間違いありません。しかし、同時に中小企業の皆さんには今後、こうした提案型企業への脱皮がますます求められてくる時代であることも認識し、事業を展開していってほしいものです。