著名者インタビュー
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 2002/3
『プロ野球監督にみる“人材活用術”』
 星野仙一流が乱セを生むか。6リーダーの手法


スポーツライター
水本 義政氏
昭和17年生。関西学院大卒。
日刊スポーツ新聞社で第一線プロ野球記者として阪神タイガース、中日ドラゴンズ、近鉄バファローズ、南海ホークス、阪急ブレーブスなどを担当、取材。三原、水原、鶴岡三大監督から西本幸雄、川上哲治、野村克也、稲尾和久、村山実時代、江夏の9連続三振、王貞治の世界記録などをレポート。編集局次長、名古屋支社長をへて編集局長。退社後フリーで新聞、雑誌にコラムを執筆、講演活動。

主な著書に『ひまわりと月見草の葛藤』(タイムス社)『本気で殴るリーダー術』(実業之日本社)など多数。
 
 “六つの個性”がぶつかりあう、2002年のセリーグ監督
 プロ野球の、特にセ・リーグは2002年、6球団の監督が見事に“六つの個性”を持っています。それだけに、6人の監督の「指導法」も違い「人材活用術」もそれぞれ個性があって多様性を持っています。

 阪神タイガースに星野仙一という選手にストレスをかけて能力をひきだすことにたけている監督が就任し、巨人は若大将とよばれる原辰徳。中日ドラゴンズは山田久志という強気の新監督と顔触れが一新しました。それにヤクルト・若松勉監督の不思議な魅力。練習第一主義の広島・山本浩二監督。それにインサイドワークを得意とする横浜・森祇晶監督です。

 投手出身が二人、捕手が一人。内野手一人、外野手出身が二人。この現役選手時代のポジションによっても「性格と仕事の見方」が微妙に異なります。もちろん、プロ野球は“勝敗”を競い、監督たちは「戦力(選手の能力)」というハードの面と「意欲(選手の向上心)」というソフト面をリードして行かなければなりません。これはなかなか難しい。4年連続最下位の阪神・星野監督のように「無理を承知で“二兎を追う”」立場もあるのです。

 

 監督の六つのファクター
 さきに、夫人の「脱税事件」でタイガースの監督を辞任した野村克也氏は、こと野球のチームの「人材活用」においては実績を多く残しています。「女房一人を監督できないで、何が“名監督”だ」と皮肉られましたが、彼はプロ野球に『ID(インポート・データ)』という全く新しい概念を持ち込みパワー・ゲームから頭脳ゲームに質的転換をはかった最初の監督です。

 その野村氏は「監督のファクター」を次の六つにわけています。
 @恐怖で動かす
 A強制して動かす
 B理解して動かす
 C情感で動かす
 D報酬で動かす
 E自主的に動かす

 これを今年のセ・リーグの監督に当てはめると次のように大別できます。
 @⇒阪神・星野監督
 A⇒広島・山本監督
 B⇒横浜・森監督
 C⇒ヤクルト・若松監督
 D⇒巨人・原監督
 E⇒中日・山田監督

 どれがいい、悪いというのではありません。そういうファクターが最も強いタイプということです。

 

 恐怖で動かす・星野監督、しかしフォローも忘れずに
 さて、星野仙一監督は阪神タイガースという倒産しかかった「老舗」の再建に乗り込みました。熱血漢、鉄拳監督、闘将、ケンカ星野…とにかく彼のドラゴンズ時代のイメージは「怖いリーダー」というものです。実際、TVでも、お茶の間には彼が鬼の形相で叱り、怒る姿だけが映し出されていました。

 実は、彼はその“イメージ”を逆に『阪神再建』への刺激ポイントとしたのです。

 前任者の野村克也流とは「頭を使う」ことですが、分かりやすくいえば「ネチネチ型」で、選手にとっては65歳の老人にお説教を食うという様相を呈していたのです。監督の方は、本人は、問題点を「説明してやっている」のですが、20歳代の選手にはこうした「小言教育」はウザッたいということになってスレ違っていました。

 そこに今度は「ゴチャゴチャ言ってるヒマはない。黙ってやれッ」という上司が登場しました。例えば安芸キャンプの1週間目に若手の藤田太陽投手が右足に故障を起こしてリタイア。報道陣が藤田投手のコメントをとろうとしたら星野監督は大声で「こんなヤツの話は聞かんでいい。蹴っ飛ばせ!ケガ?ツバでもつけとけ」とぴしゃりとやったのです。もちろんジョークめかしての言葉ですが、ふだんから「故障や風邪はプロとしてはゆるさない」といっていた監督のポリシーです。普通なら「おい、どうした?気をつけろヨ」とやさしく声をかけるべきところをドーンと突き放す。しかも他の選手の聞いているところでの「ツバでもつけとけ」というのは、その“怒声”によってグラウンドに緊迫感を生み、それによって練習の空気がピリッとして「他の選手のケガも防ぐ」という意味があるのです。
いうまでもなく、彼はその後に島野ヘッドを通じて藤田投手の状態をつぶさに調べてチェックもしています。ポーンと突き放しておいてちゃんとフォローもしているのです。

 「恐怖で動かす」にもかかわらず、選手に「星野監督のために」「監督を男にしたい」という人望が芽生えるのはアフター・ケアというか、フォローがちゃんとしているからなのです。TPOでその他のファクターである「強制して動かす」「理解して」「情感で」「報酬で」「自主的に」を使い分けているからです。

 野村さんは新庄が茶髪にしたときに「なぜ茶髪はダメなのか」について説教をしました。そのときに「突出した行動に出る子供は実は“叱られたがっている”」という説明をしています。形をかえて上司から注目され、愛情を欲しているのだ…という見方。この野村さんの考えを実は星野監督もよく理解しているのです。

 まず、このことが起点にあります。ただし、野村流はネチネチ…星野流は叱り飛ばす…ウェットとドライ。つまり、同じ“目線”で部下を見るのですが、その“対処法”は正反対です。同じ愛情のつもりでも現代っ子の耳と心に染み込まないと意味がないのです。

 これでなぜ、星野仙一が阪神の監督として、むしろリスクの多いだろうと思われる「恐怖」から入ったかがおわかりいただけたと思います。

 2番目の「強制して動かす」のは広島・山本浩二監督。彼は努力の人です。練習によって田渕や王貞治という打者を抜いてホームラン打者になりました。だから「努力は報われる」という人生哲学があり、赤ヘルでもそれを実践しています。当然、広島カープは山本監督のもとで12球団一のハード練習をやっています。

 

 部下をよく見る
 3番目の横浜・森祇晶監督は「理解して動かす」タイプです。

 これはどういうことかといえば、森さんはご存じのように「V9巨人」の名捕手です。西武の監督としても6シーズンで5度優勝という名将です。彼はまず徹底的にチームを、相手を分析します。野村さんと共通項が多いのですが、違うのは、森監督は自軍の選手の性格、生い立ち、家族のありようなどを実によく「見ている」ということです。それだけ選手の日ごろの動き、動揺ぶり、心のゆれなどを掌握しようとつとめる。

 だから、森監督が投手を交代させるときは状況やムードではなく「冷徹な判断」で交代させるのです。しかしそのときに代えられた投手は心から「仕方ない」と思っているのです。「選手を理解している監督」だからそこにほとんど“選手の気持ちとの誤差”がないのです。ネット裏からみると「なぜ」「おかしいではないか」と見える場合でも、その“対処”はいつも100%的確なのです。

 森祇晶というリーダーのイメージはなんとなく野村さんに似てネチネチ型と思われますが、むしろ逆です。西武の監督時代に山本カープとの日本シリーズで工藤公康(現巨人)がピンチに立ったとき、マウンドにいって森監督は工藤にこういうのです。

 「工藤、もういいよ。ご苦労さん。打たれてもいいよ。よくやってくれた。気にするな」

 本音でそう思っているのです。本当は抑えてくれと思いつつこのセリフをいえば工藤の気持ちはどうだったでしょう。苦しい、苦しい…という時に森監督は「オレだって苦しい。だから結果が悪くてもお前の責任じゃないんだヨ…」とソッというのです。
このときに工藤が猛然とピッチングをかえピンチを脱したのが、この年の日本一になった要因だといわれています。

 この森さんと星野監督の共通点はどこでしょうか。かたや大学のゼミナール型、かたや体育会系とまるで正反対のタイプにみえるが、とてもよく似ている点もあります。それはコーチ陣に「任せる」ということと同時に、コーチによく質問をすることです。例えば、「おい、×××選手はなぜ、ランニングの時に大回りしているんだ?」とか。担当コーチがエッ!と答えにつまるような何げない問いかけの中にも鋭さがあります。そのためコーチたちは、自分の担当部署の選手を実によく“見ている”のです。監督が何を聞いても答えられるように。「コーチが部下をよく見ている」ことと同時に「監督もまた部下をよく見ている」という一体感を生む大きな要因になっているのです。

 さて、この他に、「情感で動かす=ヤクルト・若松監督」「報酬で動かす=巨人・原監督」「自主的に動かす=中日・山田監督」の3人がいますが、残念ながらまたの機会にしましょう。

 とにかく、2002年のセ・リーグは星野阪神が面白い。それも彼の人材活用法から見れば、いわゆる一人の“激しさ”を持った中間管理職によって金属疲労を起こしている『老舗』タイガースの再建が出来るか、どうなるかが焦点になります。